赤ずきんはなぜオオカミについていったのか?『赤ずきん』に隠された、子どもの“好奇心”の物語
赤ずきんはなぜオオカミについていったのか?『赤ずきん』に隠された、子どもの“好奇心”の物語
※ 本ページは、アフィリエイト広告を利用しています。
『赤ずきん』は、世界中で親しまれている有名な童話です。
赤いずきんをかぶった女の子が、
おばあさんの家へ向かう途中でオオカミに出会う‥‥‥‥。
シンプルな物語ですが、読んだあとに気になる場面があります。
それは、
「どうして赤ずきんはオオカミの話を聞いたの?」
「なぜ道草をしたの?」
という部分です。
大人から見ると、
「危ないのに」
「ついていってはダメ」
と思うかもしれません。
けれど子どもたちは、
赤ずきんの行動を少し違う形で受け取っています。
この記事では、
『赤ずきん』に描かれた“好奇心”について考えていきます。
📕赤ずきんは悪い子として描かれていない
赤ずきんは、お母さんから、
「寄り道をしないこと」
「まっすぐおばあさんの家へ行くこと」
と言われています。
それなのに、途中で花を摘み、
森の中を見回し、道草をしてしまいます。
でも物語では、
赤ずきんは“悪い子”として描かれていません。
むしろ、
明るくて、素直で、興味いっぱいの子ども
として描かれています。
赤ずきんは、オオカミについていったというより、
“気になるものに心が動いた”
のかもしれません。
そこには、子どもらしい自然な姿があります。
📘好奇心は子どもの成長そのもの
子どもは、
「見てみたい」
「やってみたい」
「知りたい」
という気持ちで世界を広げていきます。
道ばたの花を見つけたり、
虫を追いかけたり、
予定とは違うものに夢中になったり――。
それは、わがままではありません。
世界を知ろうとする力です。
赤ずきんもまた、
「きれいなお花がある」
「森って楽しそう」
という気持ちに動かされたのでしょう。
『赤ずきん』には、
子どもの好奇心の強さが描かれています。
📙オオカミは「知らない世界」の象徴でもある
オオカミは怖い存在として登場します。
けれど物語の中では、
最初から恐ろしい姿ではありません。
優しく話しかけ、
赤ずきんと会話をします。
だから赤ずきんも警戒しませんでした。
子どもにとって、
“知らないもの”
は、怖さと同時に魅力もあります。
見たことがないもの、
聞いたことがない話、
初めて出会う人。
それらは全部、好奇心の対象です。
オオカミは、
そんな“知らない世界”を表している存在とも考えられます。
だから赤ずきんは、
興味を持ってしまったのかもしれません。
📕子どもは「ダメだった」より「気持ち」を感じている
大人は『赤ずきん』を読むと、
「知らない人についていってはいけない」
という教訓を考えることがあります。
もちろん、それも大切な読み方です。
でも子どもたちは、
「お花がきれいだった」
「森が楽しそうだった」
という赤ずきんの気持ちにも共感しています。
だから、
「赤ずきんが悪い」
だけでは終わらないのです。
子どもは物語を通して、
“気になってしまう気持ち”
を自然に理解しています。
それが、この物語が長く読まれる理由の一つなのかもしれません。
『赤ずきん』を読んだあとには、
「赤ずきんは何が気になったのかな?」
「どうして花を見たくなったんだろう?」
「もし自分だったらどうする?」
などを話してみるのもおすすめです。
子どもによって、
- 「赤ずきんがかわいい」
- 「オオカミが怖い」
- 「森に行ってみたい」
など、感じ方はさまざまです。
その気持ちを聞くことで、
子どもの好奇心や考え方も見えてきます。
🍀『赤ずきん』は好奇心と危険を一緒に描いた物語
『赤ずきん』は、
「言いつけを守りましょう」
だけの物語ではありません。
そこには、
- 好奇心
- 冒険したい気持ち
- 新しい世界への興味
が描かれています。
そして同時に、
「楽しいものの中にも危険がある」
ことも伝えています。
子どもはこの二つを、
物語の中で一緒に受け取っているのです。
だから『赤ずきん』は、
ただ怖い話ではなく、
“成長の物語”
として心に残るのでしょう。
赤ずきんは、
悪いことをしようとしたのではありません。
世界に心を動かされたのです。
だからこの物語は今も、
子どもの成長と重なりながら、読み継がれているのかもしれません。
📚あわせて読みたい
小学生向け物語考察はこちら