なぜセーラはラビニアと友達になれたのか?いじわるのあとに残る、本当の気持ち
なぜセーラはラビニアと友達になれたのか?いじわるのあとに残る、本当の気持ち
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『小公女セーラ』には、セーラに意地悪をするラビニアという少女が登場します。
ラビニアは、裕福で人気者だったセーラに強く対抗し、
セーラがつらい立場になったあとも、厳しい言葉を向け続けました。
それなのに物語の後半では、二人の関係は少しずつ変わっていきます。
なぜセーラは、ラビニアを許すことができたのでしょうか?
そして、ラビニアの中にはどんな気持ちが残っていたのでしょうか。
📕ラビニアは、“セーラがうらやましかった”
ラビニアは、最初からセーラが嫌いだったわけではないのかもしれません。
- 勉強ができる
- 想像力が豊か
- 周囲から好かれている
- 特別扱いされている
そんなセーラの存在が、ラビニアにはまぶしく見えていたのでしょう。
子どもの世界では、「うらやましい」という気持ちが、そのまま意地悪になることがあります。
本当は仲良くしたい。
でも素直になれない。
ラビニアの態度には、そんな複雑な気持ちが隠れていたようにも感じられます。
📘セーラは、“仕返し”を選ばなかった
セーラは、とても苦しい生活を送ることになります。
もしそこでラビニアに仕返しをしていたら、二人の関係は変わらなかったかもしれません。
でもセーラは、つらい思いをしても、
- 相手を見下さない
- 誰かを傷つけ返さない
- 想像する心を失わない
ことを大切にしていました。
子どもはここで、
「どうして怒らないの?」
「嫌いにならないの?」
と驚くことがあります。
けれどセーラは、“苦しかった気持ち”を知っていたからこそ、人を傷つける側にならなかったのかもしれません。
📙ラビニアの中にも、“後悔”が残っていた
『小公女セーラ』では、ラビニアがはっきり謝る場面ばかりではありません。
でも物語を読み進めると、ラビニアの態度が少しずつ変わっていくのが分かります。
セーラがどんなにつらくても気品を失わなかったこと。
誰かを憎み続けなかったこと。
その姿を見て、ラビニアの中にも何かが残ったのではないでしょうか。
子どもたちは、この変化を敏感に感じ取ります。
ただ「仲直りした」ではなく、
“いじわるをした側にも、苦しい気持ちが残る”ことを感じ始めるのです。
📕子どもは、“許すこと”の難しさを考えている
『小公女セーラ』を読むと、
「ラビニアはひどい」
「セーラがかわいそう」
と感じる子は多いです。
でも同時に、
「ラビニアはなんであんなことをしたんだろう?」
「セーラはどうして優しくできたんだろう?」
と考え始める子もいます。
この物語は、“良い人と悪い人”だけで分けられない気持ちを描いています。
だからこそ、読む年齢によって感じ方が変わっていくのです。
🍀『小公女セーラ』は、“心の強さ”を描いた物語
セーラの強さは、我慢することだけではありません。
どんな状況でも、
「人として大切なものを失わない」
という強さでした。
そしてラビニアもまた、セーラと関わる中で少しずつ変わっていきます。
『小公女セーラ』は、いじわるや苦しさを描きながら、
最後には“人は変わることができる”という希望も残している物語なのかもしれません。
読み終わったあとに、
「ラビニアは本当はどんな気持ちだったと思う?」
「セーラだったら、どうする?」
と話してみると、子どもの中にある“相手を考える力”が見えてくることがあります。
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