若がえりの実
若がえりの実
しずかで、おだやかなまちがありました。
のらねことのらいぬもいましたが、ケンカすることもなく、みんななかよくくらしていました。
ただし、1つこまったことがありました。
さいきんまちにやってきたカラスが、ゴミをちらかすことでした。
毎日毎日、おちているゴミを探していました。
このカラスは、食べ物を探すというよりも、何かめずらしいものを探してお金にかえようとしているようでした。
ところが、まちはきれいなので、なかなかゴミもありません。
こまったカラスは、しばってあるごみの袋をあけてちらかすようになったのです。
みんなはこまって、何とかおいはらおうと必死でした。
かかしを立てたり、たいこをドンドンとならしたりしました。
けれど、カラスはまたやってきました。
まちのまんなかには交番があって、おまわりさんがきびしく注意していましたが、カラスはまったくいうことを聞きません。
その交番のとなりには、ねこの家族がすんでいました。
ねこの家には、6匹のむすめがいました。
長女の、いちか。
次女の、ふたば。
三女の、みいこ。
四女の、しずか。
五女の、ごまりん。
末っ子の、ろっこ。
そして、パパとママの8匹でくらしています。
ねこのむすめたちは、毎日毎日となりの交番で、おまわりさんに何度も注意されているカラスのことを見てきました。
いくら注意されても、反省するようすもないカラスに、街のみんながこまっているのもよく知っています。
ねこの家でも、ママが育てている花だんのお花をとられそうになって、大さわぎになったことがあるのです。
「まったく! 宝探しか何か知らないけどさ。町をよごすなんて、いけないことよ。私が行って注意してくるわ」
ふたばが言うと、みいこが、
「注意なんてしたって、あのカラス、おまわりさんの言うこともぜーんぜん聞かないんだから」
とあきれたように言いました。
「どうして、ごみぶくろあけちゃうの?」
ごまりんが聞くと、
「あのカラス、ごみぶくろの中から、お金になりそうなものさがしてるみたいね。食べ物だけじゃなくて、小さな虫たちのすみかになりそうな入れものをさがして、売りにいくんだって」
街のようすにくわしいしずかが、教えてくれました。
そこへ、
「ママだっこー ! !」
とやってきたのは、末っ子のろっこでした。
「ろっこ、ママはおなかに赤ちゃんいるから、お姉ちゃんがだっこしてあげる」
四女のしずかが、ろっこをだきあげるのを見て、
「ふたりはそっくりだね。さすが姉妹ね」
と、次女のふたばが言いました。
この家族には、もうすぐ赤ちゃんが生まれるのです。
6匹のむすめたちは、みんなとても楽しみにしていました。
「わたしたち、7人姉妹になるのね」
と、三女のみいこが言うと、
「7人か……。これならいけるかも!」
長女のいちかが、何かひらめいたようです。
「なになに? どうしたの?」
「わたしたちで、あのカラスおっぱらうことができるかもしれない」
「いちか姉ちゃんあったまいい!」
五女のごまりんがいちかの頭をなでなですると、いちかは、
「まだ何も言ってないってば!」
「それで、どういう作戦?」
次女のふたばが身をのりだしてきました。
長女のいちかは、 三女のみいこに言いました。
「あんたのもってる赤いビー玉をもってきてね。花のとなりにつけるから」
「ビー玉‥‥? そんなの庭につけたりしたら、カラスにとられちゃうじゃない」
「それは大丈夫。ぜったいにとられないようにするから。それから、この作戦のあいだは、みんなは外で遊ばないこと。私たち姉妹をカラスに見られたらおしまいよ」
そう言っていちかは、みいこがもってきた赤いビー玉を、庭にさいてる花の横にとりつけました。
みんなはカラスに見つからないように、部屋にかくれました。
そこへさっそく、カラスがやってきました。
「めずらしい赤い実がなってるじゃないか。ひとつぶわけてくれよ」
「だめよ。あなたはすぐに食べものをちらかすわ」
「おいおい、オレはな、ただ食いちらかしてるだけじゃねーんだよ。金になりそうなモンさがしてんの。そこらへんのカラスと一緒にすんなよ」
「あらそう。毎日おまわりさんの声がうるさくてしょうがないんだけど」
「ふん、えらそうに! 子どもの説教なんか聞かねーよ!」
「あら、せっかくいいものがあるから教えてあげようと思ったのに」
「お、なんだ? 金になるのか?」
「まあね」
「うそだったら、しょうちしねーぞ」
「うそじゃないわ。あたしが今育てているのは‥‥‥」
いちかは急に声をひそめて、こう言いました。
「若がえりの実よ」
「わ‥‥‥若がえり!?」
「今からそれをしょうめいしてあげる。ためしにわたし、それをのんでみせるから」
いちかはカラスの目の前で、赤いつぶをひとつぶ食べてみせました。
それはさっき、みいこにもらったビー玉ではなく、同じ大きさの赤いキャンディーだったのですが、カラスはまったく気づいていませんでした。
「おい、なに食ってんだ!」
「これ? 若がえりの実だけど」
「若がえりの実だと?」
「そうなの。この実をたべるとね、毎日少しずつ子供にもどっていくのよね」
「ふんっ!そんなもん、あるわけねーだろ!」
「それがあるのよね」
カラスはうたがうように、いちかをにらんでいます。
いちかはかまわず、こう言いました。
「じつはこれ、うちのママが育てたの。この実のおかげでね。うちのパパったら、あたしより若くなっちゃって、バリバリ働けるって喜んでるわ。あそこにいるのが、うちのパパよ」
いちかがゆびさしたのは、妹のしずかと同い年の子猫のクロでした。
あらかじめ、しずかはクロに、
「中学の制服を試着してみてよ」
と声をかけていたので、ちょうどネクタイを結んでいました。
サラリーマンのようなかっこうをしている子猫を見て、
「あ‥‥あいつが父親だって⁉️」
カラスはおどろいて、すっかり信じてしまったようです。
カラスは、その若返りの実が気になって、しかたありませんでした。
(そいつを食ったらどうなるんだ? オレもアイツみたいに若返って‥‥。
いや、まてよ。その若返りの実ってヤツを高い値段でうったら、オレは大金持ちになれるじゃないか❗️)
カラスはニヤリと笑いました。
「おい、その実を早くオレにもよこせよ」
「あら、どうしてそんなにせかすのよ」
いちかはおちついていました。
「まさか、この実をたくさん持っていって、お金にかえようなんて思ってないわよね」
「え? なんだよ、ダメなのかよ」
するといちかは、
「あら、もったいない。私ならそんな使い方はしないわ」
と言いました。
「もったいないだと?」
カラスは意味が分からないというように、庭の赤い実を見つめています。
あんまりじっくりとカラスが赤い実を見るもので、かくれているむすめたちは、ヒヤヒヤしていました。
本当はただのビー玉だと、バレてしまうのではないかと思ったからです。
でも、いちかは落ちついていました。
「あたしなら、この実を売ったりはしないわ。だって、みんなが若がえってしまったら、べつにめずらしいものじゃなくなってしまうでしょ? あたり前に手に入るようになってしまったら、そんなものはだれもほしがらなくなるものよ」
「まぁ、そりゃそうだけどよ」
「自分で食べて若がえるほうが、ぜったいにいいわ! この実を自分で食べたらね。いつまでだって自由に好きなことができるんだもの。あなたもそうなったら、ステキだと思わない? 若くなれれば、世界中のお宝を集めに飛びまわれるんだから! こんな小さな街で、毎日おまわりさんにどなられてるより、若がえったほうがいいに決まってるわよね」
カラスは急にドキドキしてきました。
「本当に、そんなこと‥‥できるのか?」
「あたしはもう食べたから、いらないの。これは、ほしいならあなたにあげるわ」
「ほんとか⁈」
カラスは身をのりだしてきました。
「だったら今すぐ、そいつをよこせ!」
「あら、食べたい? でも、今すぐはダメなのよ。この実は今、育てている途中なの。1週間ほどで大きく育つわ」
「1週間かぁ」
「途中で食べられたりしないといいんだけど。ほかのカラスもこれをねらっていたからね」
「なんだと?」
カラスはあわてて言いました。
「よし、わかった! オレが毎日ここにきて、この実を大きく育ててやろうじゃないか!」
「あら、ほんとに?」
「おう! まかせとけ」
「たのもしいわね。じゃあ、お願いしようかな」
いちかは、うまくいったと思ってほっとしました。
カラスは、明日も必ずくると約束しました。
カラスがかえっていくと、いちかは、いもうとたちをあつめて、作戦を話しました。
「明日カラスに会うのは、ふたば。3日目は、みいこ。4日目は、しずか。5日目は、ごまりん。6日目は、ろっこよ。みんな、あたしになりきるの。いいわね?」
カラスはしぶしぶ、タバコをやめました。
3日目にやってきたのは、3女のみいこでした。
カラスは、缶ビールを飲んでいたので、みいこは、
カラスは、しかたなくビールをやめました。
4日目にやってきた4女のしずかは、もともと少し声が高いので、バレてしまわないか心配していました。
「ポイすてが、だめなのよ」
5日目になりました。
5女のごまりんは、昨日のしずかよりももっと小さくて、カラスはすごくびっくりしました。
「お前、ほんとにもう‥‥こねこじゃねぇか」
どんどん若がえっていくように見えるこねこを毎日見ていると、早くその実がほしくてたまらなくなりました。
カラスは、
「お、おい!もういいから、その実をひとつぶくれよ」
カラスは、今すぐにでも若がえりの実をもって、町に売りにいきたくてうずうずしていました。
けれど、ごまりんは、
「だめよ。 あなたも子供にもどるんだから、人のものを勝手にとったりしてはいけないのよ。言いつけはきちんと守らなくてはね。もちろんこの実を勝手にとったりしてはいけないわ。もう少し大きな実にならないと、うまく若がえらないからね。ぜったいに、とちゅうでとったりしちゃダメよ!」
ごまりんの話しかたは、1番最初に会ったいちかに似ていました。
そのおとなのような話しかたと、見た目の子どもっぽさで、この若がえりの実の効果を疑うところは何も見当たらないと思ったカラスは、
「もちろんさ!」
と答えました。
小さなごまりんの言うことも、カラスはすっかり信用したのです。
6日目のろっこは、まるで赤ちゃんのように、よちよち歩きのこねこでした。
かくれて聞いていたいちか、ふたば、みいこ、しずか、ごまりんは、ろっこがセリフを覚えて、カラスにちゃんと言えたのを見届けてホッとしました。
カラスは2度と、この町にやってきませんでした。
ごみをちらかすカラスがいなくなった町は、またしずかでおだやかな町になりました。
おしまい